E Ola Kukui - from O'ahu イオラニ宮殿とハワイの情報!

ハワイの文化や歴史、イオラニ宮殿についての情報をお伝えします。

"E Ola Kukui"(エ・オラ・ククイ)とは「ククイ(明かり、転じて導くという意味)のように生きよう」という願いを込めてつけました。純粋な情報を現地からお届けできるように努めますので応援してくださいね。時にはハワイとアメリカ情報も入ります♪

知られざる歴史

明治天皇からの御手紙 − ビショップ博物館の楽しみ方

なぜにこんなところにあるの?というのが明治天皇がカラーカウア王に宛て贈られた御手紙。
カラーカウア王が日本を訪れた際、お忍びで明治天皇に直接交渉しちゃったアジア太平洋連合構想に対するお申し出をやんわりとお断りになっている御手紙です。イオラニ宮殿でなくて、ここにあるってのが?ですが、でもビショップ博物館にあるから、私たちが目にすることもできる、とも言えますね。

まあ、コレクションというのは大概においてそういうところがありますよね。縄文式土器とか埴輪とか、尾形光琳さんだったでしょうか?カキツバタの屏風とか、なんでLAにあるの?って思いましたもの。

さて、件の手紙、当時の宮様の御手紙ですから、現代人で英語と日本語がチャンポンになってしまっている私には部分的にしか読めません。読めないんで、確かビデオオッケーだったよね?ってことで、ずずずい〜〜〜っとビデオに撮っていたら、「ビデオに撮って誰かに読んでもらうの?」ってそばにいたガイドさんに吹き出されました。(笑)

こちらが一部の写真です。
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他の写真は、フェイスブックに載せましたので、そちらでご覧くださいね。

ご興味のある方は、日系移民に関する展示をしているホールにありますので、ぜひ一度足をお運びになってみてください。 

フリヘエ宮殿

ハワイには3つの宮殿があります。よく、イオラニ宮殿がアメリカで唯一の宮殿とかいわれますが、実は他にも宮殿はあったのですね。イオラニ宮殿が唯一、と言われるのは、王朝の時代、王様が在位しているときに政府公館のような形で使われたものとしては唯一のものなのです。

ハワイの他の二つは、エマ女王の夏の別荘(サマーパレス)、そして、ハワイ島カイルアコナにあるフリヘエ宮殿です。

私はハーラウのフアカイ(修学旅行みたいなもんです)でヒロからコナに行く機会に恵まれましたので、これを機会にちょっと訪れて参りました。

といっても、最初から目指していた訳ではないのです。(笑)

フアカイの最終日、ホテルのチェックアウトまで時間があるので、シスターたちと離れて一人の時間を楽しみたいなとお散歩に出かけてたまたま見つけたというのが真実です。(笑)まあ、ここでも呼ばれた、というか・・・。

カイルアコナと言えば、有名なのがアリイ・ドライブ。実は2年前(もうそんなになるんですね!)の東日本の大震災のときに、津波の被害があったところでもあるのです。

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手前にあるのは、カメハメハ1世の時代に政治の審議などを行ったアフエナ・ヘイアウ。その向こうにアリイ・ドライブが続きます。見える教会は、モクアイカウア教会。ハワイで最初の教会です。

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そこをず〜っと歩いて行くと、海岸側にあるのがこの宮殿。知らずに行った私は、「あらっ?」って感じで中を覗いてみることにしました。

こちらの宮殿は、現在はエマ女王の夏の宮殿と同様に、Daughters of Hawai'iが自主管理運営をしています。時々サマーパレスにもお仕事でお邪魔するのでご挨拶しなければなりません!

中に入り、ご挨拶すると、出迎えてくれたのがこの方。

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ケイシーさん。なんと、フラの大御所、アンティ・マイキのお孫さんです!館内は写真撮影禁止なのですが、彼なら良いよ、ってことで撮らせていただきました。

さて、この宮殿は、外国人の船員たちが溶岩や珊瑚礁のブロック、コアにオヒアの建材を使って建てたものだそうです。建築に踏み切ったのは、ハワイ島2代目の総督ジョン・アダムス・クアキニでした。1838年と言いますから、サマーパレスよりも10年早いです。

クアキニの本宅だったこの建物、彼の没後は養子のウィリアム・ピット・レレイオーホク(カラーカウア王の弟君と同じ名前ですが、彼ではありません)に譲られましたが、彼も数ヶ月後に他界したので、妻のルース・ケエリコラニ王女に遺されました。 

その後、従妹のバーニス・パウアヒ・ビショップからカラーカウア、ジョナー・クヒオ・カラニアナオレ王子と家主が変わって行きますが、1914年に売却、その買い主も1ヶ月後に亡くなったので、家具類が競売にかけられてしまったのです。 

この宮殿もサマーパレスと同じく、ホテルに変えられてしまいそうな窮地に陥りますが、時のアメリカ領土政府の意向により、Daughters of Hawai'iが買い受けたのです。

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敷地内には芝生が敷き詰められ、王族たちがここを別荘として使い楽しんだ当時の面影を彷彿とさせます。

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2階のラーナイ(ベランダ)からはカイルア湾を挟んで、カマカホヌと呼ばれる前述のヘイアウのある場所が望めます。そこでは、カメハメハ2世(リホリホ)がハワイの厳しいカプ(タブー)を廃止した場所でもあるのです。

さて、通りを挟んである教会はこちら。宣教師たちが入ってきた1820年に建てられたものなんですね。
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カイルアコナにはホテルや土産物店、レストランなどが立ち並び観光スポットに変わってしまっていますが、お時間があったら足を運ばれてはいかがでしょうか?私の今回の旅もたった1時間半という短いものだったので、次回はもっとゆっくりと訪れてみたいです。
 

Hawaiian Flagの歴史

本日はグッドフライデーでアースデー。郵便屋さんや銀行はやっているものの、一部はホリデー扱い!なんだか分からないけれど、イオラニ宮殿の駐車場がホリデー扱いでタダで停められるのはありがたいです♪
今日はフレンズ・オブ・イオラニパレスの事務所のあるカナイナビルでハワイの旗の歴史について講演会があったのです。講演と言っても、ボランティアを対象のポットラックを楽しみながらのもの。

パレスの先輩でもあり、ハワイパシフィック大学の助教授でもあるダグ・アスクマン氏がハワイの旗の歴史について説明してくれました。

旗には、キャプテン・バンクーバーがもたらしたものはこんな旗であったろう、という推測から、カラーカウア王が王家のスタンダードとして選んだもの、カイウラニの旗や、ハワイ州知事の旗まで、いろいろ。ステップアップ・フラのFB、メールマガジンなどで後日ご紹介して行きたいと思います。

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Mana I Ka Leo - 私は単なる声にすぎない

いつもなら火曜の夜はハワイ語のクラスなのですが、今晩はカメハメハスクールで無料の映画試写会がありました!いつも参加するハワイ文化のプログラムなので行くつもりでいたのですが、ハワイ語のクラスに重なることを知ってあきらめていたのです。授業が大切ですからね。

ところが、新しいハーラウの方からも全員にこの映画の情報が廻って、クム曰く「オリにはたくさん触れた方が良い。」

ということで、ハワイ語のクムに訳を話して、今晩は堂々とクラスを欠席、試写会に行ったというわけです。今晩はいつもより少し速く出て日の入りに間に合わせようと言う魂胆!間に合ったのですが、真っ赤な太陽の色は上手く出せませんでした。ビデオはフェイスブックのファンページにアップしてあります。

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バッチリ日が沈むところ。

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今日も空が綺麗です。

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そして日が沈んだ直後がもっと色が濃くなります。二つの雲は、まるで2頭のドルフィンが泳いですれ違っているみたいでしょう?

さて、今晩の映画は、"Mana I Ka Leo" - The power of the voice. ハワイアンのオリを通しての自然との関わりが描かれています。フラとハワイを愛する人におすすめのドキュメンタリーです。その中でのワンフレーズ、私の頭に残ったのが、冒頭の一文。
「大自然に対して、私は単なる声でしかない。」カヌーを漕いではるばる大海原を渡ってきたハワイアンの自然との関わりが垣間みられます。

そして、映画の後のパネルディスカッションではプロデューサーの二人に挟まれて、出演者のカウマカイヴァ・カナカオレがハワイ島から、クムフラ、チャールズ・カウプがマウイ島から、そしてドクター、カマナオポノ・クラビーがオアフ島ワイアナエから参加、豪華な顔ぶれで、とても熱いディスカッションとなりました。

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私は最初はもう少し後ろの真ん中に座っていたのですが、ハーラウの先輩達を発見。こんな前に移ってきたのです。左側にいる白髪と言うか金髪のクプナはクムフラ、ホクラニ・ホルトさんのお母様、そしていつものようにハワイ大学の教授でもあるノエノエラニ・ズッターマイスターさんも前の列にいらっしゃいました。

ハワイの文化人達が集まると、必ず力説されるのが「言葉を知ること」。言葉を知らなければ、オリをしても単なる音です。言葉を知ってこそオリに力が込められます。

そして、そう言う時にいつも私が思うのは、自分の国の文化をも大切にすること。日本人であるというアイデンティティーに誇りを持って、先祖や親から引き継いだ美しい日本語をなくさないこと。

日本もともすればハワイの二の舞になってしまいます。2千年以上の文化を持って、美しい自然と美しい言語を持ちながら、インターネットによって言葉も心までもが壊されつつあります。私達日本人もかつてはよく歌い、よく笑い、楽しい人々だったという話をどこかで聞いたことがあります。フラを踊る時にはハワイの文化と人々を大切にしながらも、日本という国をも大切にする気持ちを忘れないでいて欲しいと思います。 


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イオラニ宮殿の展示品に隠されたストーリー

イオラニ宮殿にお越しになったことのある方は、展示されている家具や置物が世界に一つしかないようなものであることを覚えていらっしゃると思います。ハワイ王朝を飾ったこれらの品々、世界に飛び散って、まだ6割近くは見つかっていません。その記事が先日ウォールストリートジャーナルに載りました

皆さんのために翻訳したいところですが、今それだけの時間を費やせないので、かいつまんでお知らせします。英語の読める方、得意な方はお読みになってみてください。また、ビデオも見られますので、84歳のプリンセスもご覧になれます。

ビデオでインタビューに答えているのはフレンズ・オブ・イオラニパレスのエグゼクティブ・ディレクターのキッペン・デ・アルバ・チューとドーセント・エデュケーターのジタ・カップ・チョイです。

記事の中には、カリフォルニアのカップルがハンティントンビーチの蚤の市で50セントで買った王朝の紋章入り陶器(フランス、ピリビュー社製)の話や、津波の後、マウイのビーチに捨てられていた「青の間」の椅子の話、アイオワ州の子供達のすすめで戻されたカラーカウア王の机などの話が載っています。

最近の話題に近い、多分、日本の皆さんにも「ああ」と思えるだろうものは、2006年にイギリス、ハンプシャーから宮殿に寄付されたカラバシュ(儀式などに使う大きなボウル)の一式。プリンセス・カイウラニのフィルムにも出てくるカイウラニの父の友人、セオ・H・デイヴィーズの孫の未亡人から寄付されたものです。

大きなものは置く場所に困って戻されたり、あるいは崩壊の時に略奪されたであろうものが、そっと返されたり、あるいは分かっていても戻すことを拒否する人がいたりと様々です。

地下にはカメハメハ章なる勲章がありますが、これはプリンセス・アビゲイルがおよそ46,000ドルでサザビーのオークションで入札し、宮殿に寄付したものです。

一度お越しになったことのある方も、次回はまた違った目で展示品をご覧になられると思います。

グループツアー、フラハーラウのグループなどは割引が利きますので、お問い合わせください。




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